コラム

 公開日: 2016-09-24 

人事異動命令の有効性はどのように判断されるか

 最近、よく寄せられるご相談の中に、人事異動(転勤や配置転換)を命じたところ、それに応じたくない従業員から「なぜ自分が異動しなければならないのか」と言われ困っている、会社は人事異動を行う際にいちいち従業員の同意を得なければならないのか、というご相談があります。

 貴社では、就業規則の中に『会社は業務上の都合により、転勤または職種変更などの人事異動を命じることがある。この場合、従業員は、正当な理由がない限りこれを拒むことはできない。』という趣旨の定めはありますか? このような定めがあれば、貴社はこの就業規則を根拠に人事異動を命じることができます。

 そもそも会社が従業員に対し人事異動を命じることができる根拠は、法律には定めはありません。法律に定められていない権利を有しようとする場合には、当事者の間での“契約”で定めておく必要があります。
 会社と従業員が労働関係について交わす契約、つまり「労働契約」とは、なにも従業員と個別に合意したものだけが労働契約ではありません。合理的な内容が定められた就業規則が従業員に“周知”されていれば、その就業規則の内容について従業員が個別に合意していなくても、法律上、その就業規則の内容が労働契約の内容となるのです。(労働契約法第10条)
 つまり、就業規則の中に上記のような人事異動命令権の定めを置いていれば、貴社は、労働契約上、従業員に対して人事異動の命令権を有することになるのです。

 逆に言えば、貴社の就業規則の中に上記のような人事異動命令権の定めがない場合、貴社は一方的に人事異動を命じることはできません。この場合、貴社は、いちいち従業員の個別の同意を得なければ人事異動をさせられないということになるのです。

 ここまで読まれて、貴社では、「よかった。うちでは就業規則の中にきちんと上記のような人事異動命令権を定めた条文があるから人事異動は自由に行えるんだ。」と安心されたでしょうか? でも、ちょっと待って下さい!
 いくら就業規則の定めにもとづいて会社が人事異動命令権を有しているからといって、その権利の行使が“無制限に”認められるわけではないのです。
 つまり、その人事異動命令権の行使が“権利の濫用”と認められた場合には、その人事異動の有効性は否定され、無効(=始めから無かったこと)になってしまうのです。

 「権利の濫用」とは、外形的には正当な権利の行使のように見えるけれども、その実態は、相手方を困らせるような不当・不法・違法な動機や目的をもって行われる権利の行使のことをいいます。

 人事異動命令権の行使が権利の濫用に当たるか否かについては、
①その人事異動に業務上の必要性があるか
と、
②その人事異動により従業員が不利益を被る場合には、不利益の程度は通常甘受すべき程度か否か
によって判断されます。

 これについて、最高裁は、判例【東亜ペイント事件、昭61.7.14最高裁第二小法廷判決】で以下のとおり判示しており、これが人事異動に関するリーディングケースとなっています。
 『・・・当該転勤命令につき、業務上の必要性が存しない場合、または業務上の必要性が存する場合であっても、当該転勤命令が他の不当な動機・目的をもってなされたものであるとき、もしくは労働者に対し通常甘受すべき程度を著しく超える不利益を負わせるものであるとき等、特段の事情の存する場合でない限りは、当該転勤命令は権利の濫用になるものではない。・・・』(反対解釈すれば、判例が言うような事情があれば権利の濫用になるという意味です。)
 さらに、この判例の中で最高裁は、①「業務上の必要性」には、「余人をもって替えがたいほどの高度の必要性は不要である」とし、②「労働者の不利益の程度」については、単身赴任を余儀なくされる場合であっても「通常甘受すべき程度」としています。
 とはいえ、不利益の程度については、親族の介護に当たらなければならない者、幼い子どもを養育しなければならない者、精神疾患に罹患している者などに対しては、一般の方よりも不利益の程度を加重して判断されることがありますので慎重に判断して下さいね。
 
 最高裁が上記のように判示した背景には、雇用保障(解雇は認められにくい)等の日本の長期雇用システムの下では、配置転換・転勤・出向などの人事異動の命令権は広く認めざるを得ないというバランスがあり、雇用の維持等を労働者に保障する一方で、賃金以外の労働条件については、それを変更する強い権限を会社側に認めるべきという考え方があります。
 
 とはいえ、実務において上手に人事異動を実現させるためには、就業規則の定めにより会社には人事異動の命令権があるし、最高裁も人事権の行使を比較的広く認めているからといって、従業員の事情も聞かずに突然一方的に人事異動を命じるのではなく、事前に説明・内示をしたうえで、家庭の事情をヒアリングするなどし、可能な限り同意を取ったうえで人事異動を行うよう努めるべきであることはいうまでもありません。

 もちろん、会社としては同意を得るべく努めてはみたけど、それでも同意が得られなかった場合であって、どうしても業務上の必要性があるのであれば、“命令”という形で人事異動させることができます。
 この場合、人事異動に伴って給与額が激減するような者に対しては、従前の給与額と人事異動後の給与額との差額を“調整手当”などとして一定期間(数年間)に限って支給するなど、「激変緩和措置」を講じて実施することも考えるべきです。

 しかし、やはり何より人事異動を行おうとする前に同意を得ようと努める姿勢が権利の濫用性を低下させ、ムダな労使紛争を予防することにつながるものであることはご理解いただけると思います。
 またそのような姿勢を経て人事異動を命じたのだということが人事権行使の有効性(正当性)を高めることにもなります。

 貴社で人事異動を行おうとする前には、まず就業規則にその根拠規定があるかということを確認したうえで、事前に対象者への説明・内示を行うと共に、本人の事情や意向をヒアリングして(場合によっては激変緩和措置も講じて)から人事異動を実施するようにして下さいね。
 そして、万一後日紛争が起きたときに会社を有利に導くためにも、可能な限りこれらの事実は書面で説明(証明)できるよう、書面を整備・保存しておいて下さい。

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